レンブラント最後の弟子のひとりアールト・ド・ヘルデルの作品を、2003年(平成15年)に国立西洋美術館で開催された「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展の図録を基にご紹介します。
その晩年に「受難伝」の連作を制作したと言われるヘルデル。今回はそのひとつである「カヤパの前のキリスト」の魅力に迫ります。
アールト・ド・ヘルデル作「カヤパの前のキリスト」とは

■アールト・ド・ヘルデル作「カヤパの前のキリスト」
- 制作年:1715年頃
- サイズ:73.0 × 58.0cm
- 油彩、カンヴァス
アールト・ド・ヘルデルの描いた「カヤパの前のキリスト」は、イエスがイスカリオテのユダの裏切りにより捕縛・連行された後の場面です。イエス・キリストは、議会(サンヒドリン)の有力者だったアンナスという人物の所に連れて行かれ、その後、大祭司カヤパの邸宅に移されました。
イエス・キリストが生きた時代のユダヤ人は、モーセに与えられた律法に従っていました。モーセは旧約聖書の出エジプト記で、エジプトからイスラエルの民を導き出した預言者です。
古代イスラエル(旧約聖書時代)における「大祭司」とは、モーセの律法の下でアロン(モーセの兄)の家系の長子に継承された、幕屋や神殿における儀式を執行する権能・権限・力(アロン神権)を持つ人たちの管理役員のこと。モーセの律法の下には「大祭司」の他に「祭司」「レビ人」がいました。
イエス・キリストの時代近くには、ヘロデ王やその子孫でユダヤ地方を統治した者、ローマ帝国のユダヤ総督が「大祭司」を任命していたようです。
カヤパの邸宅の中庭には、十二使徒のペテロもいました。『レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」』でご紹介した場面です。
さて、イエスをつかまえた人たちは、大祭司カヤパのところにイエスを連れて行った。そこには律法学者、長老たちが集まっていた。
出典:『新約聖書 マタイによる福音書第26章57節』
46ページ 日本聖書協会
では、何のためにイエス・キリストは大祭司カヤパの邸宅に連れて行かれたのでしょうか?
それは、イエス・キリストのことを快く思っていない人々が、イエスを死刑にしたいがためでした。
さて、祭司長たちと全議会とは、イエスを死刑にするため、イエスに不利な偽証を求めようとしていた。
出典:『新約聖書 マタイによる福音書第26章59節』
46ページ 日本聖書協会
アールト・ド・ヘルデルの描いた「カヤパの前のキリスト」は、カヤパの邸宅に連行されたイエス・キリストと議会の人々が描かれています。
イエス・キリストが配置されているのは画面のほぼ中央です。槍を手にした兵卒二人のうちのひとりは、右手を耳に近づけ、後ろからイエスの顔を見ています。聞き耳を立てているのかもしれません。
画面右側には大祭司カヤパがイエス・キリストに質問をしています。立ち上がり、手を前に出しながら、沈黙するイエスに回答するように促している場面のようです。(マタイによる福音書 第26章62節参照。)
作品では、天蓋の下に立っているカヤパの周辺が最も明るくなっています。おそらくは、カヤパの後ろに光源があって、その光がイエスの正面も照らしているようです。
相当広い邸宅なのでしょう。建物の構造をなす柱が数本確認できます。そのうちの2本は鮮明に描き込まれ、左端とイエス・キリストとカヤパの間に配置されています。
通常、鑑賞者の視線は暗い場所よりも明るい所に向かいますが、この作品では2本の柱が空間を額縁のように囲み、そこに視線が誘導される効果を発揮しています。
2本の柱の効果は他にもあります。それは、サンドイッチ構図のような臨場感も生み出していることです。
ヘルデルは、だいぶ引いた視点でこの作品を描いていますが、建造物の構造を巧みに用いて鑑賞者の目をイエス・キリストに向かわせています。
登場人物の詳細な表情を確認することは難しいのですが、緊張感があり、非常に引き締まった印象を受ける作品です。
アールト・ド・ヘルデルとは

レンブラント最後の弟子のひとりアールト・ド・ヘルデルの生涯については、『すぐわかる!アールト・ド・ヘルデルとは』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:アールト・ド・ヘルデル作「カヤパの前のキリスト」について

私にとってアールト・ド・ヘルデルの「カヤパの前のキリスト」は、薄暗く、楽しい場面ではないにも関わらず、じっくりと見入ってしまう作品です。
この場面の後、夜が明けるとイエス・キリストは総督ピラトの下に送られます。そして、イエス・キリストの十字架上の死、埋葬、復活へとつながるのです。
「さすがレンブラント弟子!」というよりは、純粋にアールト・ド・ヘルデルの画家としてのすばらしさを賞賛するべきでしょう。
最後に、いつものわたなび流の感想で終わりたいと思います。
アールト・ド・ヘルデル作「カヤパの前のキリスト」は、「自宅で鑑賞したい(欲しい)と思える作品」です。
現状は12点ほどしか現存していないみたい...
どこかの屋根裏にしまい込まれていたりして。
まとめ
- 新約聖書を題材とした作品。
- 晩年のヘルデルが制作した「受難伝」の連作のなかのひとつ。
- 建物の柱を使って、鑑賞者の視線をイエス・キリストに向けさせている。