「農村の荷車」と姉妹作?
美術館で観たときには気が付きませんでしたが、ヤン・シベレヒツの描いた「浅瀬」を図録を見返しているうちにそんな気がしてきました。
2004年(平成16年)に東京都美術館にて開催された「ウィーン美術史美術館所蔵 栄光のオランダ・フランドル絵画展」の図録から思い巡らせてみました。
ヤン・シベレヒツ作「浅瀬」とは

- 制作年:1664年~1665年頃
- サイズ:115.0 × 90.0cm
- 油彩、カンヴァス
約3ヶ月前、「農村の荷車」という作品について記事を書かせていただいたのを覚えていらっしゃいますか?
アイルランド国立美術館が所蔵するヤン・シベレヒツの作品です。
「ウィーン美術史美術館所蔵 栄光のオランダ・フランドル絵画展」の図録でヤン・シベレヒツの「浅瀬」を目にしたとき、「農村の荷車」の姉妹作品かと思い、驚きました。

描かれている人物などは違うのですが、「農村の荷車」が往路で「浅瀬」が復路に見えてしまったのです。この2作品にはいくつかの共通点があります。
- 浅い川を移動中であること。
- 荷馬車が2台描かれていること。
- 赤い服を着た人物の存在。
- 牛たち。
- こちらに顔を向けている人物が描かれていること。
それぞれの作品の制作時期を比べると、今回ご紹介している「浅瀬」の方が6年ほど古いことがわかります。
どうやらヤン・シベレヒツは、浅瀬を荷馬車が横切るモチーフを繰り返し描いていたようです。もちろん、作品ごとに違った要素が組み込まれていたはずです。
「浅瀬」では、画面右手からこちらに向かってくる二頭立ての馬車の後ろに、道があるように見えます。車輪による轍(わだち)が描かれています。
その道には、羊と羊飼いらしき姿も描かれていますね。
限られた空間に多くの動物が描きこまれていて、ヤン・シベレヒツの職人っぽさを感じます。職人っぽさを感じるのは動物だけではありません。
川辺の木々の葉の描かれ方が、非常に繊細です。特に右手の木々の葉などは、葉の明るい緑色が空気に染み出ているかのような印象を受けます。精緻さの中に美しさを感じずにはいられません。
さらには川面の波紋に映りこんでいる赤い女性の姿からも、丁寧な仕事ぶりを感じます。
画面に点在する赤系の絵の具が、何気ない景色を殺風景にさせないアクセントになっています。
馬車の後方を歩く鮮やかな茶色の牛と馬車に乗る赤い服の女性、そして画面中央の岸辺を歩く茶色い牛、こちらに向かってくる馬車に乗った赤い服の男性といったように、違和感なく自然な感じに配置されていますよね。
おっと、画面左端の頭に甕(かめ)を載せてスカートの裾をたくし上げる女性の胴部も赤色ですね。
「浅瀬」という作品は、風景画と人々の営みを描く風俗画の両方の性質を持った作品だと思います。
ヤン・シベレヒツとは

ベルギーの画家ヤン・シベレヒツについては『ヤン・シベレヒツ作「農村の荷車」|伊勢丹美術館「アイルランド国立美術館名品展」より』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:ヤン・シベレヒツ「浅瀬」について

ヤン・シベレヒツの「浅瀬」に描かれている人物は、表情が豊かであるとは言えません。しかし現実は、このような感じなのかもしれませんね。決して楽ではなさそうな仕事を女性が行なっているわけですから。
そうなると、男性は何をしているのか気になります。もっと大変な仕事をしているのかもしれません。勝手に、そうであってほしい気がしています。
個人的には、馬車のすぐ後ろを歩く白色と黒色の牛が、積載物に鼻を近づけている姿にかわいらしさを感じます。もしかして、つまみ食いしているのかもしれませんよ。
ヤン・シベレヒツが現実の風景を描いたのかどうかはわかりません。「浅瀬」や「農村の荷車」の他にも、似たシチュエーションの作品が存在していると思われるので、画家の頭の中のイメージに現実的な要素をミックスして描いているとも考えられます。
いずれにしても、この2作品からはヤン・シベレヒツの性格が伝わってくる気がします。荷車の車輪や馬の脚による水しぶきもリアルに描かれています。細かいところまでこだわりを持って描いた職人気質の画家なのではないかというのが、私のヤン・シベレヒツに対するイメージです。
最後に、いつものわたなび流の感想で終わりたいと思います。
ヤン・シベレヒツの描いた「浅瀬」は、「自宅で鑑賞したい(欲しい)と思える作品」です。
贅沢な妄想ですが、「浅瀬」と「農村の荷車」を同じ部屋に並べて鑑賞してみたいです。
まとめ
- 「浅瀬」と似たシチュエーションの作品に「農村の荷車」がある。
- 作品中に赤色をアクセントに利用することで、平凡で退屈な印象を軽減している。
- 川面の波紋や木の葉などを、細かく丁寧に描いている。