19~20世紀のアメリカで活躍したルイス・カンフォート・ティファニーは、ガラス工芸や宝飾デザイナー、画家、金細工師として活躍した人物です。
その生涯とは、どのようなものだったのでしょうか?
わかりやすくご紹介します。
ルイス・カンフォート・ティファニーとは

ルイス・カンフォート・ティファニーは、ティファニー商会の創立者チャールズ・ルイス・ティファニーの息子です。宝飾デザイナーやガラス工芸家、アート・ディレクターなどで有名ですが、そのキャリアは画家からスタートしています。
ルイス・カンフォート・ティファニーが生まれたのは、1848年(弘化5年・嘉永元年)2月18日のアメリカ合衆国。
絵画をはじめたのは、ジョージ・イネスから個人指導を受けたことがキッカケでした。1866年(慶応2年)にはアーティストになろうと決めていました。
ルイス・カンフォート・ティファニーは、1867年(慶応3年)には、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインに作品を発表しています。
フランス・パリでも学んだ経験を持ち、スケッチをしながら北アフリカ旅行もしています。
1871年(明治4年)、アメリカに戻った際には、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインの準会員に選出されています。正会員になったのは1880年(明治13年)のことでした。
1879年(明治12年)にはサミュエル・コールマンとロックウッド・D・フォレストと共に、おもにガラス工芸を扱う装飾会社を設立していました。1892年(明治25年)、ファヴライル・ガラスを開発し、その後特許を取得します。
1900年(明治33年)に開催されたパリ万国博覧会には作品を出展します。ニューヨーク・アール・ヌーヴォーの第一人者としての評判を得るに至ります。
1902年(明治35年)から1918年(大正7年)までは、ティファニー本社の顧問を務めました。
美しいインテリアを数多く手がけた装飾家ルイス・カンフォート・ティファニーは、1933年(昭和8年)1月17日に亡くなりました。
なびさんぽで紹介しているルイス・カンフォート・ティファニー作品

【なびさんぽ】でご紹介しているルイス・カンフォート・ティファニー作品は次の通りです。
ニューヨーク・デュアン通り | 制作:1878年頃。 【ブルックリン美術館所蔵】 |
---|
まとめ
- 1900年(明治33年)のパリ万国博覧会にガラス工芸作品を出品。
- ニューヨーク・アール・ヌーヴォーの第一人者だった人物。
- ジョージ・イネスから絵画を学んだ。