「何と見事な作品だろう...」
2003年(平成15年)に国立西洋美術館で開催された「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展で、レンブラントの描いた「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」を鑑賞し、感動したのを覚えています。
カッコいい人物画というわけではなく、美しい風景画でもありませんが、美しさを纏った存在感に惹きつけられたのです。
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」は、「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展の図録の表紙にも採用されています。
今回は、「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」の魅力に迫ります。
レンブラント・ファン・レイン作「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」とは

■レンブラント・ファン・レイン作「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」
- 制作年:1630年
- サイズ:58.3 × 46.6cm
- 油彩、板
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」は、レンブラントが20代半ばに描いた作品です。作品を制作した1630年(寛永7年)、レンブラントはオランダ・ライデンに住んでいました。同年、父親が他界し、翌年にはアムステルダムへ戻ります。
スゴイとしか言えないぞ!
おもしろいことに、この作品に描かれている人物の候補は他にもいるようです。いくつかの疑問について、順を追ってお伝えしますね。
描かれている人物はエレミヤか?
「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展の図録の解説を読むまでは、レンブラントが預言者エレミヤを描いた作品なのだと疑うことなく受け入れていました。
しかし、エレミヤに落ち着くまでには他の候補者がいたようです。
- ソドムを脱出したロト(旧約聖書 創世記)
- アンキセスと破壊されるトロイアの街(ギリシャ神話)
- 哲学者
etc...
確実な証拠はないようですが、現在は預言者エレミヤということで落ち着いているようです。
預言者エレミヤとは
預言者エレミヤとは、いったいどのような人物なのでしょうか?
預言者とは、神様から召され(選び、任命され)、神様に代わって語る人のこと。啓示や預言を受けて人々に神様のみ旨を伝える神の使いです。
- 人々に神様の御心や神様の真実の属性(特徴や性質)を伝える。
- 神様の計画について伝える。
- 神様の御心に添わないこと(罪)を非難する。
- 罪によりもたらされる結果を予め伝える。
- 神様の教えに基づいた義を伝える。
- ときに、人々のために将来について予告をする。
預言者の務めは、神様とイエス・キリストについて証することです。
エレミヤは預言者として神様により召された人物でした。旧約聖書には「エレミヤ書」とエレミヤが書いたとされる「哀歌」が収録されています。
エレミヤは旧約聖書の時代(BC625~586年頃)、古代イスラエルにおけるユダ王国で預言しました。預言者としての務めを果たした約40年間、ユダヤ人の偶像礼拝や不道徳について非難し警告し続けたのです。
しかし、当時のユダヤ人はエレミヤの言葉に従わず、侮辱や抵抗(打ち、足かせにつなぐ等)したのです。
その後、エルサレムはバビロンの王ネブカデネザルに包囲、占領(BC587年)されます。ネブカデネザル王は、ユダ王国の王ゼデキヤと民らをバビロンへと連れ去りました(バビロンの捕囚)。
エレミヤが預言者として選ばれた経緯は興味深いものです。
主の言葉がわたしに臨んで言う、
「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、
あなたを知り、
あなたがまだ生れないさきに、
あなたを聖別し、
あなたを立てて万国の預言者とした」。出典:『旧約聖書 エレミヤ書 第1章4~5節』
1043ページ 日本聖書協会
ここには、前世(この地上に生まれる前の世界)でエレミヤが預言者として選ばれていたことが記されています。人は肉体を得てこの世に誕生する前、前世においても個人として存在しており、神様(主)に認識されていたことがわかります。
誰かの生まれ変わりということでもないんだ。
ユダ王国で神様の教えに従わない人々に預言者として警告し続けたエレミヤ。その後エレミヤは、エジプトへ逃げたユダヤ人に連れ去られ(エレミヤ書 第43章5~7節)、その地で殺されたと考えられています。
ダニエルやエゼキエルといった旧約聖書に登場する人々は、エレミヤとほぼ同時代の預言者です。
ユダ王国とは?
エレミヤが預言者として務めを果たしたユダ王国について触れておきましょう。
預言者モーセにより導かれエジプトを脱出したイスラエルの民。モーセに続いて預言者ヨシュアが導き、その後士師(最後の士師はサムソン)の時代を経て、サウル王の治世に至ります。
サウルの次に王となったのが有名なダビデです。ダビデとその子ソロモン王の時代に古代イスラエルは絶頂期を迎えました。しかしソロモンの死後、レハベアムの時代にイスラエルは南北に分裂します。
イスラエルのエフライム部族を含む10部族がサマリヤを首都とするイスラエル王国(北王国)に、ユダ部族とベニヤミンの部族の半数以上がエルサレムを首都とするユダ王国(南王国)に分かれたのです。
エレミヤが預言者として過ごしたのはおもにユダ王国でした。
エレミヤは何に悲嘆しているのか?
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」に描かれている人物がエレミヤだとするならば、一体何を悲しみ、嘆いているのでしょうか?
エレミヤは、人々に拒まれながらも神様に忠実であるように警告していました。しかし、民は預言者の声に聞き従わず、エルサレム(ユダ王国)はバビロンに征服されてしまいます。すなわち、預言者が代弁する神様の警告を無視した結果、悲しみを招いたのです。
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」の英語のタイトルは「Jeremiah lamenting the Destruction of Jerusalem」です。訳すと「エルサレムの破壊を嘆き悲しむエレミヤ」といった感じでしょうか。預言者エレミヤが悲嘆に暮れているのは、エルサレムの破壊を含むユダ王国の人々の悲劇についてです。
人々が選んだ結果とはいえ、預言者エレミヤは悲しみを感じずにはいられなかったのだと思います。
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」、作品の魅力
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」の作中、どうやらエレミヤは洞窟にいるようです。
青い衣を身に纏い、左手に顔を載せているポージングです。表情は、まさに「悲嘆にくれて」います。額のシワと左下に落とされている視線からは、「どうして、神様の警告に従わなかったんだ...」との思いを感じさせます。悲しみ、やるせなさといった感情も伝わってくるようです。
エレミヤが左ひじを置いている書物には「Bibel」(おそらくドイツ語で聖書の意。)と書かれています。「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展の図録解説によれば、後世に書き足されたものと考えられているようです。(岩の上にも文字らしきものが見えますね。)
エレミヤの周囲は神々しい光が満ち、鑑賞者の視線はエレミヤへと誘導されます。影の位置から推測するに、光源は画面の左上方にあるのでしょう。
エレミヤの左側に置かれた金属類の表現は実に見事です。また深紅の上着?絨毯?とエレミヤの青い衣装との対比も美しく表現されています。
左側に描かれている洞窟の外の光景はエルサレムでしょう。街は燃え、恐怖とともに逃げ惑う人、兵士らしき人々も見えますね。ハッキリとは視認できませんが、松明を持つ有翼の生物?らしきものも描かれています。
この作品はレンブラントが聖書の記述通りに描いたものではなく、エレミヤとそのイメージ、関連するエピソードなどを一枚の作品にまとめて詰め込んだものでしょう。
ともすると、洞窟外の光景は別世界(エレミヤの頭の中のイメージ)のようにも感じられます。その別世界をエレミヤと結びつける役割を果たしているのが、洞窟内に入り込んでいる植物なのではないでしょうか。
「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」のテーマは楽しいものではありませんが、構成、配色、表現など実に見事な作品です。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レインとは

「光と影の画家」と呼ばれ、オランダ・バロック絵画を代表する画家のひとりレンブラント・ファン・レインの生涯については、『すぐわかる!レンブラント・ファン・レインとは|「光と影の画家」の生涯について』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:レンブラント「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」について

「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」は、レンブラントの傑作のひとつであることは間違いないと思います。平面ではありますが、この作品が占める空間に対する存在感が圧倒的なのです。
色彩の美しさも「絶妙」という以外に言葉が見つかりません。
もう随分と昔のことになってしまいましたが、実際にこの作品を鑑賞する機会があったことをうれしく思っています。
最後に、いつものわたなび流の感想で終わります。
レンブラントの描いた「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」は、「自宅で鑑賞したい(欲しいと思える)作品」です。
こういう雰囲気の作品、大好きだ~!
まとめ
- レンブラントのライデン時代の作品。
- 旧約聖書の預言者エレミヤを描いたとされる作品。
- レンブラントの傑作のひとつ。