美術作品

自分ならどうしたと思うか?ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」|伊勢丹美術館「アイルランド国立美術館名品展」より

アイルランド国立美術館名品展 ペンショナンテ・デル・サラチェーニ「聖ペテロの否認」

自分ならどうしただろう?
身の危険を感じるときに、正直でいることができるだろうか?

ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」をみると、そう自問したくなります。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニの描いた「聖ペテロの否認」の場面で、ペテロは何を否定したのでしょうか。

追い詰められた状況のなか、ペテロは自身が愛し、使えていた主イエス・キリストのことを知らないと言ったのです。
1度ならず3度も。

1994年(平成6年)に伊勢丹美術館で開催された「アイルランド国立美術館名品展」の図録を観ながら、自分に当てはめて考えてみました。

  • 制作年:1610年代
  • サイズ:104.4 × 133cm
  • 油彩、カンヴァス

ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」

アイルランド国立美術館名品展 ペンショナンテ・デル・サラチェーニ「聖ペテロの否認」

ペテロは新約聖書に登場する人物で、イエス・キリストと同時代に生きていました。

イエス・キリストの弟子となる以前には、ガリラヤ湖の北に位置するベツサイダで漁業を営んでいました。

イエス・キリストとペテロの出会いの場面を新約聖書からご紹介します。

さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう」。すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。

出典:『新約聖書 マタイによる福音書 第4章18~20節』
5ページ 日本聖書協会

ペテロはイエス・キリストの十二使徒の頭(かしら)となる人物です。
イエス・キリストのそばでその教えを聞き、イエスがなさる行ないを間近に見ることになります。

あるとき、イエス・キリストの教えを理解できず、多くの弟子が去っていったことがありました。
イエス・キリストは十二使徒に対して「あなたがたも去ろうとするのか?」と問われます。

その問いに答えたのはペテロでした。

シモン・ペテロが答えた、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです。わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。

出典:『新約聖書 ヨハネによる福音書 第6章68~69節』
147ページ 日本聖書協会

つまり、イエス・キリストが救い主で、神の御子(おんこ)であることを証言したのです。

ペテロは最後の晩餐にも同席しましたし、ゲツセマネの園でイエス・キリストが全人類の罪の赦しのために苦しまれている間、その近くにいました。

その直後、イスカリオテのユダの裏切りにより、ペテロのいる前でイエス・キリストは捕縛されます。
イエス・キリストはご自身の使命を全うするために、人々の手に身を委ねました。
その際、マタイによる福音書 第26章56節には、弟子たちがイエスを見捨てて逃げたと記載されています。

ゲツセマネの園での苦しみから十字架上で亡くなるまでの一連の出来事は、イエス・キリストの使命でもありました。
旧約聖書の預言者イザヤが、イエス・キリストの使命についてあらかじめ証言していたことが成就する(本当のこととなる)のです。(旧約聖書 イザヤ書 第53章)

捕縛されたイエス・キリストは、大祭司カヤパのもとに連れて行かれます。

ペテロはイエス・キリストがどうなるのかを見届けるためにその後を追います。

律法学者や祭司長といった人々は、イエスを死刑にするために様々な証言をします。
イエスは唾をかけられたり、こぶしで打たれたりして愚弄されますがじっと耐え忍ばれます。

そして、ペンショナンテ・デル・サラチェーニが描いた「聖ペテロの否認」の場面が訪れます。

とある女中がペテロに向かって「イエスと一緒にいた」と言い放ったのです。

ペテロはその言葉を否定しました。
結局、ペテロは3回否定します。
すなわち、イエス・キリストのことを知らないと3度言ったのです。

実は最後の晩餐の折、イエス・キリストはそのことを使徒たちにあらかじめ伝えていました。
そのときペテロは、他の人がつまずいても自分はつまづかないと答えていました。

イエスとペテロは次のような会話をします。

イエスは言われた、「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。弟子たちもみな同じように言った。

出典:『新約聖書 マタイによる福音書 第26章34~35節』
44~45ページ 日本聖書協会

ペテロは三度、イエスを知らないと言い、イエスの言われた通り鶏の鳴き声を聞きます。
ペテロはイエス・キリストの言われたことを思い出して、激しく泣いたのでした。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニの「聖ペテロの否認」が、最初に否定する場面なのか2番目なのかはわかりません。

女中は語気を強めにペテロに質問を浴びせている様子が伝わってきます。
それに対して使徒ペテロの方は、狼狽(ろうばい)する様子が伝わってきますね。
ペテロの心情を姿勢や手振りで見事に表現していると思います。

薄暗い背景の前に二人が立ち、左斜め上からスポットを浴びているような構図で、女性の頭に巻かれた白い布と背景の明暗が対比して描かれています。

二人の衣装は青色と赤色の対比ですが、落ち着いた色調に抑えられているため違和感を感じません。

その後のペテロはどうなったのでしょうか?
復活されたイエス・キリストは使徒たちに姿を現され、使徒たちはイエス・キリストが復活したことの特別な証人となります。

ときにイエスは食事の後、ペテロに次のように尋ねられます。

彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存知じです」。イエスは彼に「わたしの子羊を養いなさい」と言われた。

出典:『新約聖書 ヨハネによる福音書 第21章15節』
178ページ 日本聖書協会

このようなやり取りが3度行なわれました。

このやり取りには福音を受け入れた(あるいは受け入れる)人を養うようにとの指示のほか、イエス・キリストのペテロに対する愛情を感じずにはいられません。

大祭司カヤパの庭で3度イエスを知らないと言ったペテロに、イエスは3度愛していることを告白する機会を与えたのですから。

その後ペテロは、主イエス・キリストの特別な証人である使徒として、死にいたるまでも忠実に生きました。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニとは

「ペンショナンテ・デル・サラチェーニ」とは17世紀前半に活動した画家に付けられた仮称です。

「アイルランド国立美術館名品展」の図録の解説をご紹介します。

「ペンショナンテ・デル・サラチェーニ(サラチェーニの下宿人)」とは、様式的に一貫した少数の絵画群の作者を指す仮称で、その素性は今なお判明しない。

出典:『アイルランド国立美術館名品展図録』
新畑泰秀・鳩谷郁男訳 152ページ

活動時期は1610年(慶長15年)~1620年(元和6年)代と考えれています。
日本では江戸時代が始まったばかりの頃ですね。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニは、風俗画や聖書の出来事を日常生活の場面に当てはめたような宗教画を描いていました。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニがミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオやサラチェーニの作品の影響を受けていることは間違いないようです。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニについては、まだまだ謎が多いようですね。

■カラヴァッジオとは

カラヴァッジオは16世紀後半から17世紀初頭にかけて活躍したイタリアの画家です。
バロック絵画の成立に大きな影響を与えました。
光と影、明と暗を表現しました。

■サラチェーニとは

カラヴァッジオの流派に属する画家のひとりです。

わたなびはじめの感想・ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」

つまみ食いつまみ食い

ペンショナンテ・デル・サラチェーニの描いた「聖ペテロの否認」を観ると、自分がペテロの立場だったらどのように振舞っただろうかという想いが浮かんできます。

もう少し身近な事例に置き換えてみましょう。

幼いお子さんたちがいるご家庭なら、おやつを勝手に食べてしまった子がお母さんに叱られるという場面が少なからずあると思います。

もしも自分が、おやつを盗み食いしていたとしたら…どうでしょう。

別の子が「○○ちゃんが食べたんだよ!」と声を荒げます。

素直に「食べた」と答えられるでしょうか。
それとも「違う」と白を切るのでしょうか。

正直であることや自分の信じていることに対して忠実であることは、ときに難しい場合があります。

  • 人目を恐れる。
  • 恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
  • 正直に言うことに対する相手の反応が怖い。
  • 信頼を失うかもしれない不安。
  • 自分がミスをした場合、受けるべき処分を回避したいという気持ち。

etc...

複雑な思いが沸き上がってきそうですよね。

そのようなときに「信じることに忠実でありたい」と思うばかりです。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニの「聖ペテロの否認」から、このようなことを考えさせられました。

最後に、いつものわたなび流の感想で終わりたいと思います。
ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」は、「自分の家で鑑賞したい(欲しい)と思える作品」です。
常に自分がどうあるべきかを見つめる機会になりそうですから。

まとめ

サラチェーニ作「聖ペテロの否認」
  1. ペンショナンテ・デル・サラチェーニのことはよく分かっていない。
  2. 「聖ペテロの否認」は新約聖書の一場面を描いた作品。
  3. 明・暗や、人物の仕草の描写に緊張感がある。

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