美術作品

可愛らしくも凛々しい少年!アントニー・ヴァン・ダイク作「テラスに立つ少年」|伊勢丹美術館「アイルランド国立美術館名品展」より

アイルランド国立美術館名品展 アントニー・ヴァン・ダイク「テラスに立つ少年」

可愛らしくも凛々しい少年。

アントニー・ヴァン・ダイクの「テラスに立つ少年」にピッタリの表現だと思いませんか?

1994年(平成6年)に伊勢丹美術館で開催された「アイルランド国立美術館名品展」の図録で振り返ってみました。

  • 制作年:1623年頃
  • サイズ:188.3 × 125.3cm
  • 油彩、カンヴァス

アントニー・ヴァン・ダイク作「テラスに立つ少年」

アイルランド国立美術館名品展 アントニー・ヴァン・ダイク「テラスに立つ少年」

アントニー・ヴァン・ダイクが「テラスに立つ少年」を描いたのは、イタリア・ジェノヴァを拠点に活動していた時期のことだと思われます。

肖像画家として非常に高い人気を誇っていたアントニー・ヴァン・ダイク。
彼のもとには依頼が殺到していました。

アントニー・ヴァン・ダイクは、両親と子どもを共に描くことが多く、お気に入りの主題だったようです。
現在でいうところの、家族の集合写真的なイメージでしょうか。

「テラスに立つ少年」には両親は存在せず、ちょっぴり大人びた表情の少年一人が描かれています。
残念ながら、この少年が誰なのかはわかっていません。

薄暗いながらも立派な建物のテラスに立ち、ポーズを決める少年が可愛らしいですね。
(本人は、可愛らしいなどと形容されたくないかもしれませんが…。)

少年が身に付けている衣装もゴージャスで、深紅のヴェルヴェット生地にレースの襟と袖、黒のデザインなどお金持ちの家の子に間違いなしと言ったところでしょう。

美しい金髪にちょっぴりクセがあるのも可愛いです。
それに赤みを帯びた頬も、いかにも少年といった感じがします。

しかし、キッと結ばれた唇の赤は白い肌にはアクセント強めの感じがします。

私は少年の右手の下にあるのは、馬のおもちゃかと思ったのですが、アイルランド国立美術館名品展の図録によるとスパニエル犬とのこと。
静止している肖像画に、躍動的な犬が描き込まれている点が以外でした。

少年はこのポーズを、どれくらいの時間維持できたのでしょうか。
躾(しつけ)もしっかりしているような家柄の子の感じがするので、それなりに我慢はできたのかもしれませんが、写真を撮るのとは違い忍耐を求められたことでしょう。

アントニー・ヴァン・ダイクのような有名画家に、このような肖像画を描いてもらえたなら、私だったら子々孫々家宝として扱わせたいところです。

アントニー・ヴァン・ダイクとは

アントニー・ヴァン・ダイクはフランドル出身で、イングランド国王チャールズ1世の主席宮廷画家としても活躍したバロック期の画家です。
アントニー・ヴァン・ダイクは、1599年(慶長4年)3月22日にアントウェルペン(アントワープ)の裕福な商人の家に誕生しました。

幼少期から芸術的才覚を現し、1609年(慶長14年)頃にはアントウェルペンの画家ヘンドリック・ヴァン・バーレンより絵を学び始めていました。
同年、画家組合(芸術家ギルドの聖ルカ組合)に弟子として記録されています。
その9年後の1618年(元和4年)には、画家組合で一人前の画家として認められました。

ぺーテル・パウル・ルーベンスの助手も務めていたアントニー・ヴァン・ダイク
ルーベンスは彼のことを「最良の弟子」と形容したほどでした。
ルーベンスの工房ではおびただしい注文に対応していたはずで、かなりの経験を積んだことでしょう。

1620年(元和6年)、アントニー・ヴァン・ダイクはイギリスに招かれます。
バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズの勧めがあったようです。
アントニー・ヴァン・ダイクは、イングランド国王ジェームズ1世の依頼にも応じました。

1621年(元和7年)にはアントウェルペンに一時戻ります。
そして同年イタリアに移り、1627年(寛永4年)まで滞在します。
イタリアでは当然、巨匠たちの作品から学んだはずです。

アントニー・ヴァン・ダイクはジェノヴァを中心に活動していました。
ジェノヴァの貴族らの依頼で肖像画連作を作成し、肖像画家としての評判を高めていきます。

1627年(寛永4年)にはアントウェルペンに戻りますが、肖像画家の第一人者として活躍しました。
同時代の有名人の銅板画集「肖像集」でもそのチカラを発揮しました。

1630年(寛永7年)頃には、ハプスブルク家の大公妃イサベル・クララ・エウヘニアの宮廷画家に任命されています。

アントニー・ヴァン・ダイクは肖像画の他、銅版画、大規模な祭壇画や宗教画も手掛けました。

1632年(寛永9年)、アントニー・ヴァン・ダイクは再びイギリス・ロンドンに赴き、その後まもなくナイト爵の称号と主席宮廷画家の地位を得ています。

アントニー・ヴァン・ダイクは1641年(寛永18年)12月9日、ロンドンにて亡くなりました。

わたなびはじめの感想・アントニー・ヴァン・ダイク作「テラスに立つ少年」

子どもが大人びた仕草や表情をするときって、少し可愛らしさを感じませんか?
(場合によっては、違和感も感じるかもしれませんが…。)

この「テラスに立つ少年」を観ると、何とも言えない可愛らしさを感じてしまいます。
家柄の良さとかお金持ちといったことではなく、「頑張ったね!」と声をかけてあげたくなる心境ですね。

日本であれば、袴姿で脇には子どもサイズの日本刀を差しているポージングになりそうなところです。

話は少し変わりますが、カメラがフィルムからデジタルに代わり、写真が昔よりも身近になっている現代。
にもかかわらず、子どもが成長していくほど家族写真が減っているのが我が家です。

私も思春期には親と一緒に写真を撮るなんて、恥ずかしくて仕方なかった質ですが、もう少し家族の思い出を残しておきたかった気がします。
最近撮るのは、もっぱら猫の写真ばかりです。

アントニー・ヴァン・ダイクの「テラスに立つ少年」は、この少年だけでなく親にとっても貴重な作品になったことでしょう。
後世まで遺すことを考えて、目一杯おめかししているのだと思います。

どこかで書いたかもしれませんが、いつか家族の肖像画を描いてもらえる日を夢見ています。

最後に、いつものわたなび流の感想で終わりたいと思います。

アントニー・ヴァン・ダイク作「テラスに立つ少年」は、「美術館で鑑賞したい作品です。」
もしくは、この子にゆかりのあるお屋敷とかの方がいいのかもしれませんね。

まとめ

アントニー・ヴァン・ダイク作「テラスに立つ少年」
  1. アントニー・ヴァン・ダイクはルーベンスの優れた弟子だった。
  2. イングランド国王チャールズ1世の主席宮廷画家の地位を得た画家。
  3. 「テラスに立つ少年」は、誰かはわからないものの、とても可愛らしい作品。

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