1997年(平成9年)にBunkamura ザ・ミュージアムで開催されてた「コーポレート・アート・コレクション展 モネ、ルノワールからピカソまで」の図録より、カミーユ・ピサロ作 「ルーアンの波止場・夕陽」の感想をご紹介します。
美しい夕陽と波止場という組み合わせが、どこか郷愁を誘います。
カミーユ・ピサロ作「ルーアンの波止場・夕陽」とは

■カミーユ・ピサロ作 「ルーアンの波止場・夕陽」
- 制作年:1896年
- サイズ:46.0 × 55.0cm
- 油彩、キャンヴァス
私は北海道函館市で生まれ育ったこともあり、「波止場」と聞くと「海」を思い浮かべてしまいます。
しかし「ルーアンの波止場・夕陽」で描かれているルーアンは、フランス北部の都市でセーヌ川に面しています。
そのため「ルーアンの波止場・夕陽」は海ではなく、セーヌ川沿いの船着き場の夕景を描いたものです。
ルーアンのランドマーク的建築物といえば、ルーアン大聖堂でしょう。ゴシック建築を代表する聖堂であり、1892年(明治25年)から1894年(明治27年)にかけてモネが連作として「ルーアン大聖堂」を描いています。
時代を遡ること数百年。1431年(永享3年)においては、ジャンヌ・ダルクがルーアンで火刑に処せられています。
「ルーアンの波止場・夕陽」は、ピサロが亡くなる7年前、おそらくはホテルの部屋から見たであろう波止場の風景画です。
セーヌ川に沿って停泊している船とその近くの人影が、夕陽によって影のように描かれています。船から立ち上る蒸気、夕日に染まる雲、そして川面のゆらめきが美しくしいですね。
夕陽といっても、太陽の位置はまだまだ高い場所にある感じがします。勝手な想像ですが、もしかすると昼過ぎくらいの風景だったのかもしれません。仮にそうだとしても、作品の価値を落とす要素にはなりませんが…
カミーユ・ピサロとは

19世紀の印象派の画家カミーユ・ピサロの生涯については、『すぐわかる!カミーユ・ピサロとは』をご参照ください。

「コーポレート・アート・コレクション展 モネ、ルノワールからピカソまで」とは

「コーポレート・アート・コレクション展 モネ、ルノワールからピカソまで」が開催されたのは1997年(平成9年)です。
1998年(平成10年)に開催された長野オリンピックと長野パラリンピックの前年のことでした。
主催者には「長野オリンピック文化・芸術祭参加」プログラムという想いがあったようです。
出展されている美術品は、日本の企業が所蔵している美術コレクションが集められました。
そこで、出品協力に賛同された企業名を「コーポレート・アート・コレクション展 モネ、ルノワールからピカソまで」の図録に記載されている当時の名称でご紹介します。
■出品企業
- アコム株式会社
- アサヒビール株式会社
- 株式会社伊勢丹
- オリックス株式会社
- 北野建設株式会社
- コスモ石油株式会社
- 株式会社さくら銀行
- 株式会社三和銀行
- 信越放送株式会社
- 株式会社西武百貨店
- 大正製薬株式会社
- 大成建設株式会社
- 東京アカデミー
- 東京証券取引所
- トヨタ自動車株式会社
- 株式会社日本興業銀行
- 日本電気株式会社
- 富士カントリー株式会社
- 株式会社ベネッセコーポレーション
- 丸紅株式会社
- 三井海上火災保険株式会社
- 明治生命保険相互会社
- ヤマザキマザック株式会社
- 吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)
- 株式会社レイク
(五十音順)
■特別出品
- 丸沼芸術の森
■出品協力
- フジカワ画廊
もしかすると、普段はなかなか目にすることができない作品が含まれていたのかもしれません。
当時の私は、そのようなことまで考えが及びませんでしたが、貴重な機会を提供していただいていたのだと思い直しました。
わたなびはじめの感想:カミーユ・ピサロ作「ルーアンの波止場・夕陽」について

カミーユ・ピサロが描いた「ルーアンの波止場・夕陽」は、あたたかい色合いと、一日の終わりを迎えようとする時間帯の寂しさが入り混じった雰囲気を感じます。
観た瞬間に、印象派の描いた作品であることがわかります。
しかし、カミーユ・ピサロの画風はさまざまな表情を持っています。ピサロは他の画家からの影響を受けることで、作風が変わる面がありました。おそらくは受けるだけでなく、影響を与える側でもあったことでしょう。
画家が作風を変えていくことは珍しいことではありませんし、観る側にとっては楽しみでもあります。特定の作風に惚れ込んだ場合は、その限りではないかもしれませんが…
「ルーアンの波止場・夕陽」の中央部には、セーヌ川対岸の大きめの建物が描かれています。
ピサロが自身の滞在していたホテル側から描いていたとするならば、ホテル自体は描かれていないことになります。
個人的には、どのようなホテルだったのかが気になります。19世紀のフランスのホテルですから、地方都市といえどもステキな建築物だったのではないかと空想してしまいます。
セーヌ川は物資の運搬にとって重要な役割を果たしていことでしょう。半面、漁業についてはどうだったのでしょうか?
「ルーアンの波止場・夕陽」に描かれている船が、漁船なのか運搬船なのか、私にはわかりません。
上述したように、蒸気が出ている船があるように見えます。黒い影で描かれた船は、帆を張るタイプの船舶なのでしょう。
一枚の絵画から、描かれた時代の風景や人々の生活にまで思いを馳せられることは、鑑賞者としては楽しいことでもあります。
個人的には印象派の絵画には好きな作品が多いので、「ルーアンの波止場・夕陽」の筆のタッチも親しみが持てます。画面下部(手前)の描かれ方は点描とまでは言えないのでしょうが、新印象派のジョルジュ・スーラの作品をも連想させます。
最後に、わたなび流の感想をお伝えして終わりますね。「欲しい・部屋に飾りたい」かどうかがを基準です。
カミーユ・ピサロ作「ルーアンの波止場・夕陽」は、「美術館で鑑賞したい(欲しいとまでは思えない)作品」です。ときどき、美術館等で鑑賞できたらステキだと思います。
この感想は個人的なものであって、作品の価値を否定しているわけではありません。
ステキな作品を描いてくれたピサロと、出品者や展覧会の主催者など関係者の方々に感謝いたします。
まとめ
- ピサロは1,300点を超える油彩画を遺した画家。
- 「ルーアンの波止場・夕陽」は印象派を感じることのできる作品。
- あたたかみと寂しさが入り混じった美し作品。