美術作品

レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」|国立西洋美術館 「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展より

レンブラントとレンブラント派_13_レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」

【なびさんぽ】で「聖ペテロの否認」をテーマにした作品をご紹介するのは今回で2度目になります。

「聖ペテロの否認」は、新約聖書の記述を基に描かれた作品です。

ペンショナンテ・デル・サラチェーニ作「聖ペテロの否認」はペテロと女性にフォーカスされていましたが、今回ご紹介するレンブラントの描いた「聖ペテロの否認」には複数の人物が描かれ、その中には大祭司カヤパのもとに連行されるイエス・キリストの姿も確認できます。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
僕がレンブラントの「聖ペテロの否認」を鑑賞したのは、2003年(平成15年)に国立西洋美術館で開催された「レンブラントとレンブラント派-聖書、神話、物語」展でのことだったな。

それでは、レンブラントの描いた「聖ペテロの否認」を観てみましょう。

レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」とは

レンブラントとレンブラント派_13_レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」

■レンブラント・ファン・レイン作「聖ペテロの否認」

  • 制作年:1660年
  • サイズ:154.0 × 169.0cm
  • 油彩、カンヴァス

この作品はレンブラントが亡くなるおよそ9年前に描かれた作品です。1660年(万治3年)頃には自分の邸宅を手放し、貧民街へと移っていました。「聖ペテロの否認」は、その当時に描かれたということになります。

レンブラントがどのような気持ちで「聖ペテロの否認」を描くことになったのかその経緯はわかりませんが、絵画に対する創作意欲は健在だったことを感じずにはいられません。

新約聖書には、「聖ペテロの否認」の題材となる場面が次の4ヶ所に記述されています。

  • マタイによる福音書 第26章
  • マルコによる福音書 第14章
  • ルカによる福音書 第22章
  • ヨハネによる福音書 第18章

レンブラントが画面右上に「振り向きながらペテロを見つめられるイエス・キリスト」を描いていることから、ルカによる福音書の記述を基にしていることがわかります。新約聖書 ルカによる福音書を見てみましょう。

それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。しばらくして、ほかの人がペテロを見て言った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。

出典:『新約聖書 ルカによる福音書第22章54~62節』
129~130ページ 日本聖書協会

ここに記載されている大祭司とはカヤパという人物です。イエス・キリストが不当な裁きを受けるためにまず連れていかれたのは、大祭司カヤパの邸宅でした。

全人類の贖罪(罪の執り成し)のために、ゲツセマネの園で苦しまれた直後に、イエス・キリストはイスカリオテのユダの裏切りにより捕縛されたのです。

イエス・キリストの使徒のひとりであるペテロは、大祭司カヤパの邸宅の中庭までついて行きました。中庭にいた人々に紛れて、主イエス・キリストのことを案じながら事の成り行きを見守っていたのでしょう。そのようなときにペテロは、「イエスと一緒にいた!」と言われたのでした。

レンブラントが描いた「聖ペテロの否認」で、画面左側にいる二人の人物はローマの兵士でしょう。

画面下部が明るく描かれているのは、火のそばに座っていることを表現したものと思われます。

しかし、それ以上に明るく描かれているのは、女性の胸元とペテロの右肩部分です。女性が左手に持っているのは、おそらくロウソクです。その灯りが女性の右手に反射してペテロの右肩付近を照らしているのです。

女性にロウソクを持たせたのは、レンブラントの表現手法のひとつです。普通に考えると、焚火のそばにロウソクを持っているのは不自然な気がします。レンブラントは光と影により、この場面に劇的な効果を与えようとしたのです。

この手法は『愚かな金持ちの譬え』でも、レンブラントが用いた手法です。全体的に薄暗い画面に、明かるい部分があると、鑑賞者の視線を惹きつける効果を生み出します。

視線が惹きつけられた場所から、少しずつ鑑賞者は目を移動させて描かれている全体を把握していくのです。

焚火に灯された兵士の甲冑の表現も金属感のある見事な表現になっています。髪の毛が薄く描かれているのは、モデルになった男性がそうだったからなのでしょうか?

ペテロに問いただす女性の瞳は大きく見開かれ、確信を持って質問していることを伺わせます。

私の個人的な感想としては、ペテロの落ち着いた雰囲気に違和感を感じます。イエス・キリストを敵視する人々の住まいで、仲間だと知られたら身の危険を感じると思うからです。

ペテロが3度「イエスを知らない」と否認したときに、主(イエス・キリスト)は振り向いてペテロを見つめました。その様子は画面右奥に描かれています。その心情はどのようなものだったのでしょう。レンブラントの描いたイエス・キリストの視線は、ペテロを直視しているように感じられます。

ルカによる福音書の記述では、3回目にペテロを問いただした人物の性別は記載されていません。レンブラントは、1度目と3度目の否認の場面をミックスしたのかもしれませんね。

その後、激しい後悔を伴ったであろう悔い改めを経て、ペテロは使徒としてイエス・キリストが復活されたことを雄々しく証(証言)する生涯を送ります。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
聖書には偉大な人物たちの素晴らしい業績だけでなく、ときに弱さも記述されている。
後世に良い面だけを伝えたいと思ったら、こうはならないかもね。

レンブラントはペテロの葛藤をこの作品で表現したかったのでしょう。

しかし、劇的な表現(強い印象)としては、ペンショナンテ・デル・サラチェーニの描いた「聖ペテロの否認」の方が強烈だと思います。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
もちろん、作品の優劣のことではないよ。
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わたなびはじめの感想:レンブラント「聖ペテロの否認」について

エルサレム旧市街エルサレム旧市街

レンブラントの「聖ペテロの否認」は、温かみを感じさせる色調になっています。移ろいゆく光の表現も見事です。

ですが...「ペテロの服装が豪華すぎるのではないか?」と思ってしまいます。捕縛され、連れて行かれるのイエス・キリストの後を、遠くからついて行く格好には思えません。また、イエス・キリストとその弟子たちが、贅沢な生活をしていたとも考えにくいです。

そのような違和感を覚えなくもないですが、聖書の場面を絵画化した見事な作品であることは否定できません。

最後に、いつものわたなび流の感想で終わります。

レンブラントの描いた「聖ペテロの否認」は、すばらしい作品ですが「美術館で鑑賞したい(欲しいとまでは思わない)作品」です。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
レンブラントの「聖ペテロの否認」を観ながら、聖書の世界に没入するのもいいかもしれないな。

まとめ

レンブラント「聖ペテロの否認」
  1. 「聖ペテロの否認」は、レンブラント晩年の作品。
  2. 新約聖書を題材にしている。
  3. 明暗の表現が秀逸。

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