ルネサンス期の作品と比較すると、躍動的で光と影の対比効果が特徴でもある「バロック絵画」。
描かれた人物は、まさに動いている一瞬を切り取ったかのような印象を受けます。そのため、今にも動き出しそうな感覚すら覚えることもあります。
バロック絵画の画題として多く用いられるのが、聖書やギリシャ神話、お金持ちのパトロンである王族や貴族です。
今回ご紹介するドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリヤの女」は聖書(新約聖書 ヨハネによる福音書)を画題にした作品です。1997年(平成9年)に東京都庭園美術館にて開催された「プーシキン美術館所蔵 イタリア・バロック絵画展」に出展されていました。
「キリストとサマリヤの女」に描かれたキリストとサマリアの女性は、一体何を話しているのでしょうか?
作品の印象に続いて、ヨハネによる福音書から紐解いてみましょう。
ドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリヤの女」とは、シチュエーション解説含む

■ドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリアの女」
- 制作年:17世紀(完成日付の詳細は不明)
- サイズ:144.0× 125.0cm
- 油彩、カンヴァス
ドメーニコ・フィアゼッラは、新約聖書のヨハネによる福音書4章1~42節に記載されている場面を画題として「キリストとサマリヤの女」を描いています。
キリストはユダヤからガリラヤへ向かわれる途中にサマリアの町スカルに立ち寄られました。そこで井戸のそばに座られていたのです。
昼の12時ころに、女性が水を汲みに来たので「水を飲ませてください」と声をかけられました。
このサマリアの女性の言葉から、キリストが声をかけられたことが当時の慣例から外れたものだったことが伝わってきます。
すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっやるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。
ヨハネによる福音書4章9節
ユダヤ人とサマリヤ人はイスラエル(ヤコブ)、イサク、アブラハムを先祖に持つ人達でしたが、この当時は互いに敵対視していました。
そのため、サマリアの女性はキリストに声をかけられたことに対して驚いたのです。
その女性に対して、キリストは次のようにお応えになりました。
イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物(たまもの)のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、誰であるかを知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
新約聖書 ヨハネによる福音書4章10節
140ページ 日本聖書協会
サマリアの女性は当初、キリストが言った「生ける水」を飲み水のことであると思っていましたが、会話のやり取りの中で違うことに気付いていきます。
「生ける水」とは、イエス・キリストとイエスの教えを象徴的に表現したものです。
サマリアの女性は、まだ名乗っていないユダヤ人(キリスト)に対する認識を徐々に変えていきます。自分の状態を言い当てたことにより「預言者」だと認識し、さらに「メシヤ(救い主)」だということに気が付いたのです。
女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう。」
イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。ヨハネによる福音書4章25~26節
「キリストとサマリヤの女」は、会話によるやり取りがはじまって間もない頃を描いたのではないかと思います。
なぜなら、サマリアの女性が自分が会話している人物がどなたなのかを理解したあとに、このように上から話しかけるとは思えないからです。サマリアの女性の雰囲気からは「教えを聞かせてください」という感じはしませんよね。
「キリストとサマリヤの女」にみられるように、モノ(この作品の場合は井戸)を挟んで人物(この作品の場合はキリストとサマリアの女性)が左右に配置される構図は、他の作品にもよくあるものだと思います。
人物にはスポットライトが当たっているかのように描かれていて、背景との明暗の対比でこの作品の主役に視線を集めています。
キリストの衣装の配色も、当時の象徴的かつ伝統的な表現になっていますよね。
人物の生き生きとした描写はすばらしいです。画題になったヨハネによる福音書の場面を、瞬間的にイメージさせるすばらしい作品だと思います。
しかし…ドメーニコ・フィアゼッラは、なぜこの場面を画題として選んだのでしょうか?
これは私にとっては答えのない質問です。誰かに依頼されたからなのか、それともドメーニコ・フィアゼッラ自身が好んだ場面なのか、推測の域をでません。
いずれにしても、画題も作品もすばらしいものに変わりありませんね。
ドメーニコ・フィアゼッラとは

17世紀のイタリアで活躍した画家ドメーニコ・フィアゼッラについては、『すぐわかる!ドメーニコ・フィアゼッラとは』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:ドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリヤの女」について

ドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリヤの女」は全体的に暗い雰囲気の中で、キリストとサマリアの女性が明るく浮かび上がっています。
完成当時からこのような雰囲気の作品だったのか、それとも、汚れのため暗い印象になっているのかはわかりません。絵画のクリーニングをすると、意外にも昼間の雰囲気に変わるかもしれませんよ。
なぜなら、新約聖書のヨハネによる福音書を読む限り、夜の出来事とは考えにくい場面だからです。
ここで、わたなび流の感想をお伝えします。「欲しいか、欲しくないか」が私の基準です。
ドメーニコ・フィアゼッラ作「キリストとサマリヤの女」は、「美術館で観たい(欲しいとまでは思えない)作品」です。
欲しいとまでは思えませんでしたが、すばらしい作品であることになんら変わりありません。
でも、続けていこうと思っています。
最後に「キリストとサマリヤの女」に描かれている井戸について触れますね。
個人的には、井戸が木枠で覆われていることから「後世のヨーロッパの画家が描いたから、このような井戸なのかなぁ」と感じました。
おそらくドメーニコ・フィアゼッラは現地調査などしていないはずですから、ご自身の身近なもので表現しているのだと推察します。私は「石を積み上げた井戸」だと想像しています。
偉そうに書いてすみません。
東京都庭園美術館についてのご案内

東京都庭園美術館は旧朝香宮邸で、1983年(昭和58年)から東京都庭園美術館として一般に公開されるようになりました。
歴史的建造物として、国の重要文化財に指定されています。
東京都庭園美術館の所在地と公式サイトのご案内
〒108-0071
東京都港区白金台5-21-9
東京都庭園美術館・公式サイト:【https://www.teien-art-museum.ne.jp/】
まとめ
- 「キリストとサマリアの女」は新約聖書・ヨハネによる福音書4章が画題になっている。
- ドメーニコ・フィアゼッラはイタリア・バロック ジェノヴァ派の指導的存在でもあった。