美術作品

こんな荒れた海に?クロード・モネ作「しけのエトルタ」|ブリヂストン美術館「モネ展」より

モネ展 しけのエトルタ

こんな荒れた海に近づく人がいるの?

と、つい思ってしまうのがクロード・モネが描いた「しけのエトルタ」です。

そんな不思議なシチュエーションについて、1994年にブリヂストン美術館(現:アーティゾン美術館)で開催された「モネ展」の図録をもとに思い巡らせてみました。

  • 制作年:1883年
  • サイズ:65 × 81cm
  • 油彩、キャンヴァス

クロード・モネ作「しけのエトルタ」

モネ展 しけのエトルタ

「しけのエトルタ」の画題となった「エトルタ」は、フランス・ノルマンディーにある漁村の海岸です。
モネの故郷であるル・アーヴルから北に20kmほどの場所にあります。

モネは1883年(明治16年)1月にエトルタを訪れて以来、その後2年ほど毎年訪れて絵画制作に取り組んだようです。
エトルタは画家モネの制作意欲によい刺激を与えたようです。

エトルタの海岸は、夏場は観光客で賑わいますが、冬は荒れた天気が多いとか。
観光の目玉は、打ち寄せる波や自然の雨風によって穿(うが)たれたアーチ状の「アヴァルの門」と「エギユ(針)島」と呼ばれる円錐状の岩(島)でしょう。

エトルタ海岸の断崖は石灰質のため、晴れた日には白い岩肌が姿を見せます。
しかし「しけのエトルタ」では悪天候の場面が描かれているため、白っぽい岩肌は確認できません。

モネだけでなくギュスターヴ・クールベやウジェーヌ・ブーダン、ジャン=バティスト・カミーユ・コローも描いたエトルタの断崖ですが、実は小説の舞台にもなっています。
その小説とはモーリス・ルブラン原作、アルセーヌ・ルパン・シリーズの「奇巌城」です。

小学生の頃、図書室でルパン・シリーズを手にとっては読まずに返したのを思い出しました。

当時は読書する習慣がなく、ルパン本なら読めるかもしれないと思ったのですが…。

モネが描いた「しけのエトルタ」は、荒波が打ち寄せる自然の迫力を感じる作品です。

海の色は、黒い雲で埋め尽くされた空を反映していて、白波が怒濤のように押し寄せています。
海岸に達した波は白いしぶきを噴き上げています。
波打ち際では波が膨張しているかのようです。
打ち付ける波は明らかな脅威ですが、引き潮も怖ろしいものです。

モネが描き込んだ二人の人物は、何の目的で「しけのエトルタ」に足を運んでいるのでしょうか?
ひとりは左手で海を指さし、他方は帽子が吹き飛ばされないように抑えている仕草のように見えます。

このような荒れた海の波打ち際に人が行くことは想像しにくいことです。
(見たままの光景を描いたのかもしれませんが…。)

そうだとすれば、モネは何の意図で人物を描き込んだのでしょう。

ここからは私の個人的推論です。
モネは自然の驚異を人間と対比させることによって、作品の躍動感を際立たせたのではないかと思うのです。

「しけのエトルタ」は平穏とは対極にあるシチュエーションにより、迫力に圧倒されそうな作品です。

クロード・モネについて

クロード・モネについての紹介は『すぐわかる!クロード・モネとは|印象派を代表する画家の生涯』をご参照ください。

すぐわかる!クロード・モネとは|印象派を代表する画家の生涯印象派を代表する画家のひとりクロード・モネとはどのような画家だったのでしょうか?モネの生涯と代表作をわかりやすくご紹介します。...

わたなびはじめの感想・クロード・モネ「しけのエトルタ」

フランス・エトルタフランス・エトルタ

「しけのエトルタ」に描かれている二人の人物が左側に目を向けたなら、上図のような光景が見えたことでしょう。
もちろん、天気が良ければの話です。

「しけのエトルタ」に描かれている人物をモネ展の図録で再確認したとき、私が小学校低学年だった頃の夏に体験した海の恐ろしさを思い出しました。

私の親戚は海の近くに住んでいたため、従兄(いとこ)は泳ぎが得意でした。
得意というよりは、当たり前のような感じでしたね。

少し年上の従兄たちが沖へ泳いでいくあとを、下手な泳ぎでついて行ったことがありました。
しばらくしてから従兄が私に「もう、来るな!」と声をかけてくれました。

その瞬間、私はハッとして自分が岸から随分と離れていることに気が付きました。
足元を覗き込むと底は見えず、恐れが込み上げてきて気が動転してしまいました。

その後、必死で岸に戻ろうとしたのですが、沖に引っ張られてしまい焦る気持ちだけが募ります。
無我夢中で犬かきのような泳ぎで抵抗するも虚しく、死が頭をよぎりました。
必死にもがいても岸に近づくことはできません。

私が泳いでいた場所は、狭いながらも川が海に流れ込む場所だったのです。

もうダメかもしれないと思ったとき、不意に引き潮から解放されたような感じがしました。
その後の経過についての記憶は不鮮明ですが、足が砂浜につくところまで戻れたときにホッとしたのは覚えています。

それともうひとつ、年下の従妹(いとこ)が私の奮闘にも気づかずに、のんきに遊んでいた光景も…。

今にして思えば「離岸流」に流されていたのではないかと思っています。
当時は、そのような言葉すら知りませんでしたが。

モネの描いた「しけのエトルタ」が実際の光景を描いたものだったとしたら、この二人の人物はかなりの危険を冒していることになります。
そうせざるを得ない理由があったのでしょうか。
答えのない疑問ですね。

海に関して生前、母から言われた言葉を思い出しました。
母は上述の従兄たちの暮らす家で育った人なので、(一応)住宅街で成長した私よりも海に対する教訓を得ていたはずです。

「地元の人が泳いでない日は、よそから来た人は泳がない方がいい。」

この言葉の真意としては、海の危険を知っている地元民が泳がないような日は、何がしかの危険が潜んでいる可能性が高いから要注意、ということだと解釈しています。

最後に、いつものわたなび流の感想で終わりたいと思います。
クロード・モネ作「しけのエトルタ」は、「美術館で鑑賞したい作品」です。

迫力感満載の作品ですが、個人的にちょっと苦手な気がします。

まとめ

モネ作「しけのエトルタ」
  1. エトルタはモネの故郷から20kmほどの距離にある景勝地。
  2. アルセーヌ・ルパンの「奇巌城」の舞台にもなった場所。
  3. 荒波の迫力が凄まじい作品。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA