日常の風景が美術作品になることは珍しいことではないのでしょう。
私もかつて何気なく通っていた道が、想い出の中で芸術作品のように脳裏に浮かんでくることがあります。
クロード・モネの描いた「サン=シメオン農場の道」も、農場で過ごす人たちにとってはただの日常風景だったはず。
そんなことを1994年(平成6年)にブリヂストン美術館で開催された「モネ展」の図録から想像してみました。
クロード・モネ作「サン=シメオン農場の道」とは

- 制作年:1864年
- サイズ:81.6 × 46.4cm
- 油彩、キャンヴァス
クロード・モネが「サン=シメオン農場の道」で描いた道は、オンフルールからトルーヴィルへ向かう途中に位置するサン=シメオン農場内のスポットです。
ちなみにトルーヴィルは、「ノルマンディー海岸の女王」と言われるリゾート地です。
モネは1864年(文久4年・元治元年)の夏ごろ、パン屋に間借りしながら数週間ほどオンフルールで過ごしました。当初は親友とともに、それぞれ絵画制作に取り組んでいたようです。親友は医師になるための試験を受けるために先にパリへと帰ります。
モネは絵を描くためのスポットを探しながら、滞在している付近を散策したのでしょう。そしてサン=シメオン農場に着目したのです。
モネの絵画制作は、朝5時にオンフルールを出発し、夜8時まで続いたようです。もちろん天候やその日の都合により差は生じたでしょうが、制作意欲と絵画に対する情熱を感じます。
モネはひとつのことに集中できる人だったのでしょう。(多くの芸術家も同じなのかもしれませんが…)
「サン=シメオン農場の道」に話を移しましょう。
この作品は縦に長いキャンバスに描かれていて、道の両脇にそびえる木々の高さが特徴的です。道を画面手前から中央に描き、その左奥には農場の建物らしきものも見えます。木々の高さと奥に行くほど狭くなる道幅により、遠近感が表現されています。
よく晴れた夏の日だったのでしょう。右側の木々の合間から差し込む日差しが、道の上に影を生み、その明暗の強さから温度まで伝わってくるかのようです。印象派の画家と呼ばれる前のモネの作品ですが、光に対する高い関心を感じます。
道に描かれている馬車の車輪によりできたと思われる轍(わだち)もリアリティを高めています。
これは想像ですが、サン=シメオン農場の人にしてみれば、「この道が絵になるのかい?」と訝(いぶか)しんだと思うのです。なぜなら地元の人たちにとっては、毎日の通うための道であり、収穫物を運搬するための道といったいう思いが強かったと思われるからです。
地元の人ほど「身近な観光スポットに行ったことがない」というのもよく聞くから。
なぜモネは、サン=シメオン農場の道を描こうと決めたのでしょうか?
もしもモネが「強い光のコントラストを描くため」にこの場所を選んだとするならば、その後の歩みを考えると非常に興味深いことのように思います。
クロード・モネとは

クロード・モネについての紹介は『すぐわかる!クロード・モネとは|印象派を代表する画家の生涯』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:クロード・モネ「サン=シメオン農場の道」について

クロード・モネの「サン=シメオン農場の道」をあらためて図録で見直すと、モネ展で鑑賞したときとは違った思いが2つ浮かんできました。
ひとつは「土の道」についてです。
私が幼かった頃、故郷(函館)には舗装されていない道路がまだありました。私が住んでいた家の横道が舗装されたのも、ずいぶん後のことだったのではないかと思うのです。
土がむき出しの道もあれば、砂利が敷かれた道もあったと記憶しています。土の道は自動車が通行することで凹凸ができます。まして北国ですから、冬に道路が凍って春に雪解けするといった繰り返しで、道の表面は傷みます。
ある幼い日の想い出です。
雨上がりの道を母に連れられて買い物に行きました。その帰り、道路に輪のカタチをしたビニール製のバンド(?)が落ちていました。発泡スチロールの容器を束ねる際に使うものだと思います。
その輪の下には水たまりができていて、子供の私はそこを目掛けてジャンプしようとしたのです。もちろん母は止めましたが、時すでに遅く、私は着地に失敗し両ひざを泥だらけにしてしまいました。
恥ずかしさと母の注意を無視したこと、洗濯物を増やしたことなどを後悔しました。たしか半べそ状態で家路を急いだと思います。
ふたつめは、高校の通学で使用していた道についてです。
通っていた高校が坂の上にあったため、自転車を利用できる季節は比較的傾斜の緩やかな道を使用していました。その道中には高田屋嘉平の銅像があったり、教会やお寺があったりといわゆる観光スポットを通過することになります。
当時は坂がキツイことに不満を感じるだけでしたが、歳を重ねるごとに「貴重な想い出のスナップ写真」のように頭に蘇ってきます。
上述したように、地元の人には日常接する当たり前の光景なのですが、観光で訪れた方や私のように故郷を離れた人間にとっては、魅力と価値を感じるものでもあるのです。(もちろん、地元でその価値を認識していらっしゃる方もいると思います。)
同じ建物や景色、道路、坂でも、捉え方によってその価値が変わるのだと思います。
「道つながり」ということで。
モネがサン=シメオン農場の道で連日作品を描いている姿を目にした人たちは、おそらく不思議に思ったことでしょう。
しかし完成した絵を目にしたときには、逆に感動にも似たすばらしさを感じたのだと思うのです。「この道が絵画作品として成立する場所だったんだ!」と。
このように考えると、毎日の当たり前の中にも実はそうでないことが多くあるのではないかと思えてきます。あらためて認識し直してみるのもいいかもしれませんね。
最後に、いつものわたなび流の感想で終わろうと思います。
クロード・モネ作「サン=シメオン農場の道」は、「自宅に飾りたい(欲しい)と思える作品」です。
まとめ
- モネは早朝から夜まで絵を描いていた。
- 木々の高さと道の奥行が見事に表現されている作品。
- 木陰と差し込む日差しのコントラストにモネのこだわりを感じる。