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これは何の場面?ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作「農園のキリスト」|国立西洋美術館「スペイン王室コレクションの美と栄光 プラド美術館展」より

プラド美術館展_ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「農園のキリスト」【アイキャッチ】
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオの描いた「農園のキリスト」。

この作品は一体何の場面を描いたものなのでしょうか?

2002年(平成14年)、国立西洋美術館で開催された「スペイン王室コレクションの美と栄光 プラド美術館展」の図録をもとに回想してみます。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作「農園のキリスト」とは

プラド美術館展_ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「農園のキリスト」
  • 制作年:1553年
  • サイズ:68.0 × 62.0cm
  • 油彩、カンヴァス

ティツィアーノ・ヴェチェッリオが「農園のキリスト」でイエス・キリストを描いているのは作品名からわかりますが、どの場面なのかまではわかりません。

作品のサイズが68.0 × 62.0cmと小さく、描かれているのもイエス・キリストの上半身のみですから仕方ないことですね。

ところが「スペイン王室コレクションの美と栄光 プラド美術館展」の図録解説によると、どうやら描かれた当初はもっと大きな作品だったというのです。

ここからは順を追って説明しましょう。

まず、ティツィアーノに「農園のキリスト」を依頼したのはマリア・デ・ウングーリア(ハンガリーのマリア)という女性です。カール5世の妹でハンガリー国王に嫁いだため、ハンガリーのマリアと呼ばれているのです。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
ティツィアーノはこの依頼主から数年間で20点以上の絵画制作依頼を受けました。

ハンガリーのマリアは夫であるハンガリー国王と死別したのち、1556年(弘治2年)スペインに移り住みます。その際に「農園のキリスト」もともにスペインに。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
「農園のキリスト」は輸送中に傷ついてしまったそうです…

ハンガリーのマリアが亡くなったのち、「農園のキリスト」の所有者はフェリペ2世となります。そのフェリペ2世が傷ついた「農園のキリスト」の裁断を命じたのでした。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
「農園のキリスト」は火災にも遭遇し、その痕も残っているようです。
実物を観た際には気が付かなかったと思いますし、覚えてもいませんが…

「農園のキリスト」が現在のサイズになった経緯は上述した通りですが、どの場面を描いているのかには触れていませんでしたね。

実はアロンソ・サンチェス・コエーリョが、「農園のキリスト」が裁断される前の状態の模写をしていました。その作品により「農園のキリスト」が、復活されたイエス・キリストが、空になった墓の前で泣いていたマグダラのマリアに御姿を現された場面であることがわかりました。

イエス・キリストが十字架上で亡くなられたのち、一週の初めの日の早朝、マグダラのマリアはイエス・キリストが埋葬された墓に行きました。

ところが驚いたことに墓を塞いでいた石が動かされていて、中が空になっていたのです。マグダラのマリアは急いで使徒(ペテロとヨハネ)に報告します。

ペテロとヨハネはイエスの埋葬された墓へと向かい、イエスのご遺体がないことを確認し、家に戻りました。

その後もマグダラのマリアはイエスの墓の外で泣いていました。墓をのぞくと、イエスの葬られた場所に白い衣を着た御使いが二人いました。

マグダラのマリアは白い衣を着た御使いに、主(イエス・キリスト)のご遺体がどこに運ばれたのかわからないといった趣旨のことを話します。

続きの場面を新約聖書から引用紹介しましょう。

そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取とります」。イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。

出典:『新約聖書 ヨハネによる福音書 第20章14~17節』176ページ 日本聖書協会

マグダラとはガリラヤ湖の西岸に位置するマリアの出身地のことです。
イエス・キリストに7つの悪霊を追い出してもらったマリアは、その後献身的なイエスの弟子となっていました。

自分に話しかけた人物を当初は園の番人だと思ったマリアでしたが、自分の名前を呼ばれ、その姿を確認したことでイエス・キリストであることに気付きました。

現存するティツィアーノの「農園のキリスト」ではマグダラのマリアの姿を観ることはできませんが、復活されたイエス・キリストと再会したときの彼女の喜びは言葉にならないほど大きなものだったことでしょう。

ティツィアーノもそのときのマグダラのマリアの気持ちを考えて、作品に描き込んでいたのではないでしょうか。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
「農園のキリスト」でイエス・キリストが左手に持っている鍬は、マグダラのマリアが当初、園の番人と勘違いしたことを表現しているようです。

薄い雲の浮かぶ空の下、青色のマントのような衣類を肩にかけた姿で描かれているイエス・キリストの姿からは、力強い印象を受けます。
同時にその表情からは、マグダラのマリアに優しく声をかけられた様子が描かれているように思えます。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオとは

すぐわかる!ティツィアーノ・ヴェチェッリオとは

ティツィアーノ・ヴェチェッリオについては『すぐわかる!ティツィアーノ・ヴェチェッリオとは』をご参照ください。

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わたなびはじめの感想:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「農園のキリスト」について

イタリア・ヴェネツィアイタリア・ヴェネツィア

傷んでしまったのですから仕方のない対応とはいえ、裁断される前の「農園のキリスト」を観てみたかったです。

個人的には「左手に持つ鍬」は必要ないように思いますが、当時の伝統(絵画の作法)だったのかもしれませんね。

わたなびはじめ
わたなびはじめ
もしかすると、ティツィアーノのアイディアだったのかも…

ティツィアーノが描いた「農園のキリスト」からは、イエス・キリストの表情に優しさを感じます。

火災の影響も受けたという作品ですから、もしかすると汚れを落とすことでより鮮明な色彩が戻るかもしれませんね。(勝手な想像ですが…)

最後に、いつものわたなび流の感想で終わります。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオの描いた「農園のキリスト」は、「自宅で鑑賞したい(欲しいと思える)作品」です。

もう一度、じっくりと鑑賞してみたいものです。

まとめ

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「農園のキリスト」
  1. 「農園のキリスト」は、復活されたイエス・キリストがマグダラのマリアに御姿を現わされた場面を描いた作品。
  2. 輸送中の傷により、裁断された経緯がある作品。
  3. 裁断前の作品を模写した絵画がある。

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