クラシック音楽

すぐわかる!アンネ=ゾフィー・ムターとは

すぐわかる!アンネ=ゾフィー・ムターとは

「ヴァイオリンの女王」とも呼ばれるドイツ出身のヴァイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムターについてわかりやすくご紹介します。

アンネ=ゾフィー・ムターとは

ドイツ【ブランデンブルク門】ドイツ【ブランデンブルク門】

アンネ=ゾフィー・ムターは、1963年(昭和38年)6月29日にドイツで生まれたヴァイオリニストです。5歳でピアノを少し学び、その後まもなくヴァイオリンに。

その類稀な才能と努力により若い頃から受賞を重ね、学校教育が免除されています。免除になった理由は、「音楽に専念できるようにするため」だというのですから、現在の日本では考えられないですよね。

特筆すべきは13歳に頃にヘルベルト・フォン・カラヤンの招きで、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演を果たします。天才ヴァイオリニストとして注目を浴びることに!

一般的に、ヴァイオリニスト(ソロ)として活動できるようになるためには、チャイコフスキー国際コンクールなどの世界的な大会での受賞をキッカケとして活躍の場を広げていくのですが、アンネ=ゾフィー・ムターにはそういった受賞歴は無用です。

ヘルベルト・フォン・カラヤンとの共演で、世界に通じる天才ヴァイオリニストとしての肩書を得ていたからです。そんなアンネ=ゾフィー・ムターが「ヴァイオリンの女王」と呼ばれるようなって、すでに何年も経っています。

以前、U-NEXTで視聴したプレミアムシアター「ザルツブルク音楽祭2015 ムター&ムーティ指揮 ウィーン・フィルコンサート」では感慨深い場面がありました。

アンネ=ゾフィー・ムターが演奏を終えた後も拍手が鳴りやまず、アンコールの演奏をすることに。そのときに、アンネ=ゾフィー・ムター自身が「亡きヘルベルト・フォン・カラヤンに思いを寄せて」といった主旨のコメントを口にして、バッハ作曲「無伴奏バイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調」からサラバンドを演奏したのです。

カラヤンが亡くなったのが1989年(昭和64年・平成元年)でしたから、その時点で26年ほど経過しています。カラヤンがザルツブルク音楽祭の芸術監督だったことも関係していたのかもしれません。

アンネ=ゾフィー・ムターはグラミー賞を4度も受賞しています。

アンネ=ゾフィー・ムターはストラディヴァリウスを2丁使用しています。

  • エミリアーニ
  • ロード・ダン=レイヴン
わたなびはじめ
わたなびはじめ
僕個人としては、アンネ=ゾフィー・ムターのヴィヴァルディ「四季」のCDが気に入っているな。

まとめ

アンネ=ゾフィー・ムター
  1. 「ヴァイオリンの女王」と呼ばれる実力者。
  2. 13歳でヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィルと共演。
  3. ストラディヴァリウスを2丁使用。

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