2002年(平成14年)に国立西洋美術館で開催された「スペイン王室コレクションの美と栄光 プラド美術館展」では多くの素晴らしい絵画との出会いがありました。
その中の1作品、アロンソ・カーノの描いた「天使に解放される聖ペテロ」は、主役のペテロは背を向けている構図が採用されています。
これにはどのような意図があったのでしょうか?
アロンソ・カーノの真意を推察してみます。
アロンソ・カーノ作「天使に解放される聖ペテロ」とは

- 制作年:1652年~1657年
- サイズ:96.0 × 194.0cm
- 油彩、カンヴァス
アロンソ・カーノが「天使に解放される聖ペテロ」を描いたのは、スペイン・グラナダで過ごしていた時期のこと。
1652年(慶安5年・承応元年)にマドリードからグラナダへ移り住んだアロンソ・カーノ。カーノはグラナダ大聖堂の受禄聖職者になっていました。
アロンソ・カーノはグラナダ大聖堂の建設に途中から加わり、その工事及び装飾に携わりました。グラナダ大聖堂のファサード(建物の正面部分のデザインのこと)は、彼の設計によるものです。

その晩年、グラナダで活躍していたアロンソ・カーノは、サント・アンヘル修道院から大規模な注文を受けました。14作品に及ぶ絵画制作のうちの1点が、この「天使に解放される聖ペテロ」です。
新約聖書 使徒行伝(しとぎょうでん) 第12章を基に描かれた「天使に解放される聖ペテロ」。
イエス・キリストが亡くなられ、復活されたのち、ペテロを中心とした使徒たちが神からの啓示を受けながらイエス・キリストの教会を導いていました。
その教会は使徒の教会ではなく、天からの導きで運営されているイエス・キリストの教会でした。
ところがキリスト教徒に対する迫害がひどくなり、使徒のひとりヤコブが処刑されます。そしてペテロも投獄されていたのです。
教会の人々はペテロのために熱心な祈りを捧げていました。
そしてペテロは天の使いにより救出されるのです。その場面を新約聖書から引用します。
ヘロデが彼を引き出そうとしていたその夜、ペテロは二重の鎖につながれ、ふたりの兵卒の間に置かれて眠っていた。番兵たちは戸口で獄を見張っていた。すると、突然、主の使がそばに立ち、光が獄内を照らした。そして御使はペテロのわき腹をつついて起こし、「早く起きあがりなさい」と言った。すると鎖が彼の両手から、はずれ落ちた。御使が「帯をしめ、くつをはきなさい」と言ったので、彼はそのとおりにした。それから「上着を着て、ついてきなさい」と言われたので、ペテロはついて出て行った。彼には御使のしわざが現実のこととは考えられず、ただ幻を見ているように思われた。彼らは第一、第二の衛所を通りすぎて、町に抜ける鉄門のところに来ると、それがひとりでに開いたので、そこを出て一つの通路に進んだとたんに、御使は彼を離れ去った。
出典:『新約聖書 使徒行伝 第12章6~10節』201ページ 日本聖書協会
アロンソ・カーノの「天使に解放される聖ペテロ」は、天使がペテロの右手を引いている姿が描かれています。私の知る聖書には、「手を引く」といった描写の記述はありません。
この作品では、視線が正面(鑑賞者側)を向いている人物はいませんね。天使とペテロは視線を合わせていますので、おのずとそうなってしまうのです。
さらには、ペテロは正面(鑑賞者側)に背を向けています。ホセ・アントリネスの「聖ペテロの解放」も正面は見ていませんが、天使とペテロは背を向けてはいないのです。
マドリードにいたみたいだから、二人が会ったとか、その作品を知っていたということは考えられるよね。
想像だけど...
作品の劇的さを考えるなら、アロンソ・カーノの描いた「天使に解放される聖ペテロ」の方が印象的です。
配色の多彩さでは劣るものの、天使に起こされたペテロの右半身には光が注がれ、天使のいる上方を向いています。まさに起き上がっている途中の瞬間をとらえたような描写が劇的な雰囲気を高めているのでしょう。天使が左手でサンダルを指さしているのも印象的ですね。
聖書の記述から、画家によってさまざまな構図が考えられているのが興味深いです。
平面に描かれた静的な絵画ですが、「天使に解放される聖ペテロ」は躍動感を感じられる劇的な作品だと思います。
アロンソ・カーノは「天使に解放される聖ペテロ」で、リアリティを表現したかったのかもしれませんね。
アロンソ・カーノとは

17世紀のスペイン・セビリアやグラナダで活躍した画家・彫刻家・建築家アロンソ・カーノについては、『すぐわかる!アロンソ・カーノとは』をご参照ください。

わたなびはじめの感想:アロンソ・カーノ「天使に解放される聖ペテロ」について

「スペイン王室コレクションの美と栄光 プラド美術館展」の図録で「天使に解放される聖ペテロ」をあらためて観直すと、その形状からカンヴァスに描かれた作品ではなく、建物内の扉・上部の壁に直接描き込まれているような印象を受けます。
それは...残念ながらプラド美術館展で目にした記憶が残っていないからなんだ。
過去を振り返ると、後悔ばかりが頭に浮かんでくるようになっていることを自覚せずにはいられません。過去の自分にとっては、その時点での興味関心で精一杯だったのでしょう。と、無理やり納得させています。
最後に、いつものわたなび流の感想で終わります。
アロンソ・カーノが描いた「天使に解放される聖ペテロ」は、「美術館で鑑賞したい作品」です。
自分の住まいには不釣り合いな形状なので...
是非もう一度、実際に鑑賞したい作品です。

まとめ
- 「天使に解放される聖ペテロ」は、アロンソ・カーノの晩年(亡くなる約10年前)の作品。
- 新約聖書 使徒行伝 第12章に基づいて制作された作品。
- ペテロが背を向けている構図から、躍動感や劇的さを感じる。